介護にまつわるお役立ちコラム
認知症の方の「物を隠す行動」の原因は?なぜ探し物が増えるのかの背景と対応

認知症の方と暮らす中で、「大切なものが見つからない」「また物がなくなった」といった探し物の場面に頻繁に直面していませんか?実は、こうした“物を隠す行動”は、認知症によく見られる特徴のひとつです。物をしまった記憶が抜け落ちるだけでなく、「盗まれた」と思い込んでしまう妄想に発展することもあります。
本記事では、認知症の方が物を隠す理由や背景となる心理状態、さらに家族としてどのように接すればよいのかをわかりやすく解説します。混乱を和らげ、安心して過ごせる環境づくりのために、ぜひご覧ください。
1認知症で「物を隠す行動」が見られる原因

認知症の方によく見られる「物を隠す行動」には、明確な理由があります。この行動は単なるわがままや困った癖ではなく、認知症の症状が引き起こす必然的な現象です。
その背景には、記憶障害による認知機能の変化と、ご本人の心理的な不安が深く関わっています。
記憶障害による「しまったこと」の忘却
認知症の中核症状である記憶障害は、一般的な物忘れとは根本的に異なります。健常な方の物忘れが「どこに置いたかを忘れる」程度であるのに対し、認知症の記憶障害では「しまったこと自体を忘れる」という特徴があります。
たとえば、大切な財布をタンスにしまった直後に、その行動そのものが記憶から消えてしまうのです。私たちなら「どこにしまったかな?」と思い出そうとしますが、認知症の方は「しまった」という行為そのものが記憶に残らないため、「ここにあったはずなのに、なぜないの?」という困惑につながります。認知症では新しい記憶から失われていくため、今聞いたことや今したことから忘れていきます。このような記憶の途切れた状態になることで、物をどこかにしまったことも完全に忘れてしまうのです。
「大切なものを守りたい」という不安な心理
記憶が曖昧になっていくことに対して、認知症の方は私たちが想像する以上に強い不安を感じています。その不安感から「大切なものを紛失しないように、安全な場所に保管しよう」という気持ちが働き、結果的に物を隠す行動につながります。ご本人にとって特別に大切な物が隠す対象となる傾向があり、この行動は大切な物をちゃんと保管しようという真摯な気持ちの表れでもあります。
【特に隠す対象となりやすいもの】
- 財布、現金、通帳、印鑑
- 眼鏡、鍵、携帯電話
- 薬など、本人にとって重要だと認識しているもの
これらはすべて、ご本人の生活に欠かせない大切なものばかりです。
2「物を隠す行動」から発展しやすい症状

物を隠す行動は、それ単体で終わることは少なく、他のさまざまな症状に発展していく傾向があります。特に記憶障害が進行するにつれて、隠した物の在り処がわからなくなることで生じる混乱や、羞恥心による隠匿行動など、複合的な問題が現れやすくなります。
記憶の欠落が引き起こす「物盗られ妄想」
自分で物をしまった記憶が抜け落ちているため、「物がない」という事実に対し、「誰かが盗んだに違いない」という結論に至ってしまいます。これは決して作り話や嘘ではなく、ご本人にとっては紛れもない現実なのです。ご本人には自分がしまった・なくしたという自覚がないため、「見えなくなった=誰かが盗んだ」という妄想につながりやすくなるのです。
この物盗られ妄想は身近な人に疑いが向きやすく、息子の配偶者や娘、隣の人、家に出入りしている介護職などが疑われやすい傾向があります。「一番お世話をしているのに疑われるなんて」と悲しい気持ちになるかもしれませんが、身近な人だからこそ起こる現象であり、決してあなたを嫌っているわけではありません。物盗られ妄想は認知症の行動・心理症状の一種であり、特にアルツハイマー型認知症の方によく見られる症状です。
羞恥心からくる汚れた下着などの隠匿
失禁などの排泄の失敗を家族や他人に知られたくないという羞恥心やプライドが、汚れた下着などをタンスの奥や普段使わない場所に隠す行動につながります。この場合、隠す行動そのものを注意するのではなく、背景にある失禁への対策が根本的な解決につながります。
たとえば、トイレの場所を分かりやすくする工夫や、泌尿器科の受診を検討することが効果的です。「隠すのをやめて」ではなく、「失敗しても大丈夫」という環境を作ることが大切です。ご本人の自尊心から排泄に失敗したことを知られたくないという心理が働いており、単に不衛生な行為と捉えず、本人の「ちゃんとしたい」という気持ちの表れとして理解する姿勢が重要です。
3認知症の方の探し物に対する適切な接し方

物を隠す行動に直面した際の対応方法を理解することは、ご本人の混乱を和らげ、介護者の負担軽減にもつながります。適切な接し方のポイントは、否定せずに共感し、一緒に解決に向けて行動することです。
これらの対応により、症状の悪化を防ぎ、穏やかな関係性を維持することができます。
本人の気持ちを否定せずに共感する姿勢
「また始まった」「自分でしまったんでしょ」といった否定的な言葉は、ご本人をさらに混乱させ、不安を増大させるNG対応です。気持ちは分かりますが、このような反応はかえって症状を悪化させてしまいます。認知症の方は新しい記憶から抜けていくため、自分の行動は思い出せません。そのような状況で「自分でやったのでは?」と言われても思い出せず、混乱するだけです。
「〇〇がなくなったのですか?それは大変ですね」など、まずはご本人の訴えを事実として受け止め、その気持ちに寄り添う声かけが大切です。否定せずに話を聞くという姿勢を示すだけで、ご本人の興奮が和らぎ、穏やかな反応につながる場合が多くあります。
一緒に探して安心感を与える関わり
共感の言葉をかけた後は、「私は向こうを探しますので、このあたりを探してもらえますか?」と探す範囲を示しながら、一緒に探すことが重要です。探すという行為そのものよりも、寄り添ってくれる人がいるという安心感を与えることが目的です。「一人じゃない」「味方がいる」という感覚が、ご本人の不安を大きく軽減します。実際に物が見つからなくても、「一緒に探してくれた」という事実が、ご本人の心を安定させる効果があります。
ご本人が混乱している場面では、そのような訴えに共感するところから始めることで、不安な気持ちを和らげることができます。探し物が見つかった際には、「良かったですね」「これで安心ですね」とポジティブな言葉で締めくくり、喜びを分かち合うことで、安心した状態で状況を収束させることができます。
本人が発見できるように誘導する工夫
介護者が先に見つけてしまうと、「あなたが隠した(盗った)んだ」と疑いの矛先が向いてしまうリスクがあります。「見つけてあげたのに、なぜ疑われるの?」と悲しい気持ちになるかもしれませんが、これも病気の症状として理解することが大切です。
もしもご本人でなく自分が見つけてしまった場合、すぐに「ありましたよ!」と言ってはいけません。「(見つけた人が)盗んでいたのではないか」との疑いを持ってしまうからです。自分が見つけた場合は、ご本人が探している場所へ気付かれないように置いてください。置き場所などに工夫をして、必ずご本人が見つけられるようにしましょう。ご本人が自分で見つけることで、「できた」という達成感が得られ、混乱した状況が収束しやすくなります。
定番の隠し場所をあらかじめ把握しておく対策
認知症の方が物を隠す場所には、個人差はあれど、ある程度の傾向やパターンが見られます。物を隠す行動が出始めた最初の頃は、どこを探したら良いか途方に暮れてしまいますが、何度か続くうちに、次第にご本人が隠しやすい定番の場所がわかってくるものです。
【隠しやすいとされる場所の例】
- タンスやクローゼットの引き出しの奥
- 仏壇の引き出しや位牌の後ろ
- 布団や枕の下、ベッドマットの下
- 本棚の本と本の間
日頃からご本人の行動に関心を持ち、ご家庭ごとの「いつもの場所」を把握しておくことで、いざという時に落ち着いて対応できます。
4家族だけで抱え込まないための具体的な対策

認知症の方の物を隠す行動や物盗られ妄想が激しい場合、介護者も精神的に追い詰められてしまいます。このような状況では、家族だけで対処しようとせず、外部のサービスや専門家の力を積極的に活用することが重要です。適切なサポートを受けることで、介護者の負担軽減と、ご本人へのより良いケアの両立が可能になります。
24時間対応の訪問介護で日々の介護にゆとりを持つ

介護保険外の自費訪問介護サービスは、公的保険の枠に縛られず、利用者のニーズに合わせた柔軟なサービス提供が可能です。
たとえば「イチロウ」のようなサービスでは、身体介護から家事援助、外出の付き添いまで、幅広い依頼に対応できます。また、夜間や土日祝日、当日の急な依頼にも対応できる24時間体制のサービスは、介護者の休息確保や、緊急時の精神的な支えとなります。
一時的にその場から離れたり、外出したりする方法があることで、介護者が冷静になる時間を作ることができ、ご本人もたくさん動いてエネルギーを発散できるので、気が紛れる効果も期待できます。このようなサービスを活用することで、介護者が休めるようになり、結果的により良いケアにつながります。
介護者の心身の負担を軽くする外部サービスの検討
本人が日中に通う「デイサービス」や、短期間宿泊する「ショートステイ」といった介護保険サービスは、それぞれ異なる役割とメリットがあります。「親を預けるのは申し訳ない」と感じるかもしれませんが、これらのサービスは、むしろご本人の生活を豊かにし、家族関係を良好に保つための重要なサービスです。デイサービスの利用は、ご本人の心身機能の維持や社会的な孤立感の解消につながり、ショートステイは介護者がまとまった休息を取るために有効です。
これらのサービスを利用して介護者がリフレッシュする時間を持つことが、結果的にご本人へのより良いケアにつながります。また、認知症の方の物を隠す行動や物盗られ妄想が激しい場合、介護者も精神的に追い詰められてしまうため、これらのサービスの活用は介護者の心身の健康維持にも重要な役割を果たします。
ケアマネジャーや地域包括支援センターといった専門家への相談
介護に関するさまざまな悩みを相談できる公的な窓口として、「ケアマネジャー」と「地域包括支援センター」があります。地域包括支援センターは、高齢者やその家族のための総合相談窓口であり、保健師、社会福祉士、主任ケアマネジャーなどの専門職が配置されています。「どこに相談すればいいか分からない」という時は、まずここから始めることをおすすめします。
全国の市町村に設置されていますが、市町村によって名称が異なる場合もあるので、お住まいの市町村高齢者福祉担当課などに問い合わせてください。お住まいの市区町村のウェブサイトなどで担当のセンターを調べることができ、相談は無料で利用できます。
「認知症の症状がひどくなってきて困っている」「家族だけでは対応しきれない」「物盗られ妄想で疑われるのがつらい」といった悩みを、遠慮なく相談してください。あなたの状況を理解し、最適なアドバイスやサービスを提案してくれます。行き詰った際はケアマネジャーやかかりつけ医に相談するなど、一人で抱え込まないようにしましょう。
5まとめ
介護による家族崩壊を防ぐためには、事前の準備と適切なサポート体制の構築が不可欠です。経済的困窮、精神的疲労、身体的負担といった複合的な問題が重なることで家族関係が破綻するリスクが高まるため、早期から家族間での役割分担を明確にし、公的制度や専門サービスを積極的に活用することが重要です。一人で抱え込まず、ケアマネジャーや地域包括支援センターなどの専門家に相談することで、持続可能な介護体制を築くことができるでしょう。
6よくある質問
認知症の物を隠す行動について、ご家族からよく寄せられる質問にお答えします。これらの疑問を解決することで、より適切な対応ができるようになり、介護負担の軽減にもつながります。
Q1.物を隠す行動は、認知症のどのタイプでも起こり得ますか?
物を隠す行動の主な原因は記憶障害であるため、アルツハイマー型認知症で特に顕著に見られる傾向があります。認知症の原因として、いくつかの病気が関わっていることがわかっており、レビー小体型認知症や脳血管性認知症など、他のタイプの認知症でも見られる可能性はありますが、症状の現れ方はさまざまです。正確な診断に基づいて対応を考えることが重要なため、まずはかかりつけ医や専門医に相談する必要があります。
Q2.「物盗られ妄想」が激しく、介護者が疑われてしまう場合はどうすればいいですか?
ご本人の興奮が激しい場合は、無理に説得しようとせず、お茶やおやつを勧めるなど、全く別の楽しい話題に切り替えて気分転換を促す方法が有効です。「おいしそうなおやつを買ってきたよ」「おもしろいテレビはやっているかな」などと、半ば強引に楽しい話題に持っていくのがコツです。
介護者自身が精神的に追い詰められないよう、一時的にその場を離れたり、別の部屋に行ったりして、冷静になる時間を作ることも大切です。対応が困難な状況が続く場合は、一人で抱え込まず、ケアマネジャーなどの専門家に相談することが重要です。
Q3.隠したものがどうしても見つからないときは、どのように対応すれば良いですか?
探し続けることがかえってご本人の不安や混乱を助長する場合は、一度探すのを中断し、「また後で一緒に探しましょう」と伝えて時間を置く対応が効果的です。鍵や眼鏡、携帯電話など、生活に不可欠なもので代替品が用意できるものは、あらかじめ予備を準備しておくと、いざという時に介護者が落ち着いて対応できます。
「物が見つからない」という事実よりも、「困っている、不安だ」というご本人の気持ちに寄り添い、安心感を与えることを最優先に考えるべきです。すぐに見つからない場合でも、落ち着いて対応できるよう心がけましょう。