介護にまつわるお役立ちコラム
喀痰吸引とは?家族が行う際のやり方やタイミング・必要性を解説

在宅で療養中の家族を介護されている方にとって、喀痰吸引(かくたんきゅういん)は避けて通れない医療的ケアの一つです。喀痰(かくたん)とは気管や肺から出る痰のことで、これが十分に排出されないと呼吸困難や肺炎などの深刻な合併症を引き起こす可能性があります。
本記事では、家族介護者が安全に喀痰吸引を行うための基本的な知識やテクニック、適切なタイミングの見極め方、そして専門家のサポートを受ける方法について詳しく解説します。医療行為ではありますが、正しい知識と技術を身につけることで、大切な家族の安全と快適な生活をサポートすることができるでしょう。
1喀痰吸引の基本知識と必要性

「喀痰(かくたん)吸引」とは、口腔内や鼻腔内、気管内にたまった痰を吸引器で除去する医療行為です。痰が気道に溜まると呼吸困難や窒息、肺炎などの深刻な合併症を引き起こす危険性があります。
在宅介護では、2012年の社会福祉士及び介護福祉士法の改正により、一定の研修を受けた家族や介護職員も実施可能となりました。自宅での安全な療養生活を支えるためには、正しい知識と技術を身につけ、適切なタイミングで喀痰吸引を行うことが重要です。
喀痰とは何か
喀痰(かくたん)とは、気道に発生する分泌物で、主に唾液、鼻汁、気管支粘液の3種類に分類されます。唾液は口腔内で、鼻汁は鼻腔で、気管支粘液は気管や気管支の粘膜から分泌されます。気道内には特殊な線毛細胞があり、粘液を分泌して異物を捕捉します。
この粘液と線毛の協働により、吸い込んだ細菌やウイルス、ホコリなどの異物を包み込み、咳とともに体外へ排出する防御機能を果たしています。健康時はこの機能がスムーズに働きますが、病気や高齢などで機能が低下すると、痰が蓄積し問題が生じます。
痰の吸引が必要となる状況と理由
痰が気道に蓄積すると、空気の通り道が狭くなり呼吸困難や窒息を引き起こす危険性があります。特に高齢者や神経疾患患者、意識レベルが低下している方など、自力で痰を出せない方は、咳嗽反射(がいそうはんしゃ)が弱まり痰が気道に残りやすくなります。
また、痰と一緒に細菌が気管から肺へ流れ込むと、誤嚥性肺炎を発症するリスクが高まります。誤嚥性肺炎は、痰や食物などが誤って気管に入り、そこに含まれる細菌が肺で増殖することで起こる感染症です。適切なタイミングでの喀痰吸引は、これらの深刻な合併症を予防する重要な医療ケアです。
家族が痰吸引を行うための条件と準備
2012年に改正された「社会福祉士及び介護福祉士法」により、一定の条件下で家族や介護職員も喀痰吸引が実施可能となりました。家族が行う場合は、医師の指示のもと、医師または看護師から適切な指導を受け、実地研修を含む基本的な知識と技術を習得していることが必要です。
また、在宅での療養を目的としていること、医療関係者との連携体制が整っていること、定期的な指導を受けることなどが条件となります。安全な実施のためには、医師による個別の吸引方法の指示を受け、その手順を厳守することが重要です。地域の訪問看護ステーションなどに相談し、指導を受けることが望ましいでしょう。
2自宅で痰吸引を行うための必須アイテム

自宅で喀痰吸引を行うには、医療用吸引器が必要不可欠です。吸引器には電動式と手動式があり、停電時のバックアップも考慮しておくとよいでしょう。
また、吸引カテーテル(使い捨て)、吸引した痰を受ける貯留容器、滅菌水、アルコール綿、使い捨て手袋、マスクなどの感染予防用品も準備が必要です。
これらの機器は医療機器として取り扱いの注意点があり、メーカーの取扱説明書に従って正しく使用・管理することが重要です。特に吸引器の定期的な清掃・消毒や、カテーテルの適切な保管と使用後の処理を徹底し、衛生管理に留意しましょう。介護保険制度では一部の機器がレンタル可能な場合もあります。
家庭用吸引器
家庭用吸引器は主に電動式と手動式に大別されます。電動式は安定した吸引力が得られる反面、電源が必要です。一方、手動式は電源不要で災害時にも使えますが、操作に労力を要します。
選ぶ際のポイントは、吸引力の調整機能、音の静かさ、バッテリー駆動時間、重量と持ち運びやすさ、消耗品の入手しやすさなどです。
吸引器のタイプ | 主な特徴 | 吸引性能 |
バッテリー内蔵型 (例:ミニックDC-Ⅱ) | 電源がない場所でも使用可能、持ち運びが容易、災害時などにも役立つ可能性 | 製品によって異なるが、一般的に据え置き型に比べて吸引力はやや劣る場合がある、連続使用時間に制限がある |
吸引・吸入両用型 (例:セパ-Ⅱ) | 吸引とネブライザーによる吸入療法が1台で可能、機器の集約化、管理が容易 | 吸引性能と吸入性能は個別の機器に比べて調整の幅が狭い場合がある |
スポンジ吸引型 (例:マウスピュア) | 柔らかいスポンジチップを使用、口腔内や鼻腔内の粘液を優しく吸引、誤嚥リスク軽減に配慮 | 吸引力は比較的穏やか、繊細な吸引に適している |
一般的な家庭用電動吸引器の最大吸引圧力は20〜40kPa程度で、吸引瓶容量は300〜1000ml、バッテリー内蔵型の連続作動時間は約40分〜2時間です。吸引・吸入両用型は薬液の噴霧機能も備えています。
吸引器の清掃は使用後毎回行い、吸引瓶は中性洗剤で洗浄後、消毒液に浸すか熱湯消毒を行います。フィルターや接続チューブも定期的な交換が必要です。使用前に必ず医師に相談し、患者の状態に合った機種を選定してください。
介護保険や医療保険の制度を利用してレンタル可能な場合もあるため、ケアマネージャーや訪問看護師に相談するとよいでしょう。
感染予防のための衛生用品
喀痰吸引を行う際は、感染予防のための衛生管理が重要です。使い捨てのプラスチック製手袋は、粉なしタイプで手にフィットするものを選びましょう。アルコール綿が手に入らない場合は、消毒用エタノールを脱脂綿に含ませて代用できます。
カテーテル保管容器は滅菌可能な専用容器が理想的ですが、清潔なふた付きガラス容器も代用可能です。容器内には消毒液を入れ、カテーテルを完全に浸す必要があります。
患者さんが感染症を持っている場合は、標準予防策に加えて、ゴーグル、サージカルマスク、使い捨てエプロンなどの個人防護具を着用し、使用後は適切に廃棄しましょう。手指衛生は処置の前後に必ず行うことが基本です。
3自宅での効果的な喀痰吸引の実践方法

自宅での喀痰吸引は、手指の消毒から始まります。初めての方は、訪問看護師などの指導を受けながら実施することが大切です。焦らず、患者さんの様子を見ながら行いましょう。
安全性と衛生管理を徹底することで、感染症予防と患者さんの苦痛軽減につながります。
安全な痰吸引のための正しい手順
喀痰吸引はご本人にとっても、介助する方にとっても、感染症や合併症のリスクを最小限に抑えるために、以下の手順を丁寧に行うことが重要です。
【準備】
- 1.手指消毒を行う(速乾性擦式消毒剤を使用)。
- 2.吸引カテーテルは清潔に取り出し、先端には絶対に触れない。
- 3.吸引器に接続管をつなぎ、吸引圧が20kPa以下か確認(高すぎる場合は調整)。
- 4.使用前には必ず本人への声かけを行う(意識がなくても同様)。
【口腔内吸引】
- 1.吸引部位:奥歯と頬の間、舌の上下、前歯と唇の間など。
- 2.開口困難時は唇を開くなどの対応を行う。
- 3.無理に口を開けず、リラックスを待つ姿勢が大切。
- 4.のどの奥は刺激しすぎないよう注意(嘔吐反射防止)。
- 5.終了後は、カテーテルをアルコール綿またはティッシュで拭く。
- 6.カテーテルと接続管は水で洗浄する。
【鼻腔内吸引】
- 1.声かけを行った上で実施。
- 2.挿入はやや上向き→すぐに下向きに変更し、底を這わせるように挿入。
- 3.抵抗が強い場合は無理せず反対側から実施。
- 4.吸引時はペン持ちの指3本で持ち、ゆっくり回しながら引き抜く。
【終了後】
- 1.吸引効果の確認と再実施の必要性の判断。
- 2.カテーテルと管を再度拭き取り、洗浄する。
- 3.吸引器のスイッチを切って作業終了。
痰の吸引に最適な体勢と環境づくり
喀痰吸引を効果的に行うには、患者さんの体勢が非常に重要です。基本的には仰向けで上半身を15度ほど起こし、顎を上に引き上げた姿勢が適しています。これらの体勢は気道が確保しやすく、痰が気管の奥に流れ込むリスクを減らします。
体勢保持には三角クッションやU字型クッションを活用し、頭部や肩の下に配置することで安定感を高めましょう。適切な体勢は患者さんの安全を確保するだけでなく、痰の排出効率も向上させます。
また、吸引時は静かで清潔な環境を整え、適切な照明のもとで実施することで、正確な吸引位置の確認や患者さんの表情観察がしやすくなります。患者さんの状態や好みに合わせて体勢を微調整することも大切です。
吸引カテーテルの選び方と適切な使用法
吸引カテーテルは主に柔らかいシリコン素材やポリ塩化ビニル製で、先端が丸く粘膜を傷つけにくい設計になっています。多くは痰の吸引効率を高める複数の側孔や、梨地状の表面を持ち、滑りにくく操作性に優れています。
サイズは患者さんの年齢や状態に合わせて選択し、一般的に成人では12〜14Fr(フレンチ)が適しています。カテーテルは原則として使い捨てが望ましく、再使用する場合でも1週間に1回は新しいものに交換してください。
使用後は速やかに滅菌水で洗浄し、消毒液(0.1%次亜塩素酸ナトリウム溶液など)に浸して保管します。挿入時は粘膜損傷を避けるため、口腔内では8〜10cm、鼻腔内では10〜15cm程度を目安とし、抵抗を感じたら無理に押し込まず一度引き戻すことが重要です。
4喀痰吸引の実施タイミングと頻度

喀痰吸引は、患者さんの呼吸状態や痰の量に応じて実施するのが基本です。定期的な吸引は、たとえば起床時、食前食後、就寝前などの生活リズムに合わせて行いますが、咳込みが激しい、呼吸音が荒い、顔色が悪いなどの兆候が見られたときには、予定にない状態対応の吸引が必要です。
実施頻度や具体的なタイミングは、患者さん個人の状態に合わせて、かかりつけ医や訪問看護師と事前に相談し、個別の指示を受けることが重要です。判断に迷う場合は、無理に行わず医療専門職に連絡して指示を仰ぐか、患者さんの呼吸状態、酸素飽和度、顔色などの変化を観察しながら慎重に判断しましょう。
過剰な吸引は気道粘膜を傷つける可能性があるため注意が必要です。
痰吸引が必要なサインを見極める方法
喀痰吸引が必要なサインは、患者さんの様子や音、数値などの多角的な観察から判断します。痰がたまると、呼吸が荒くなる、胸が激しく上下する、呼吸時に「ゴロゴロ」「ヒューヒュー」といった異常音が聞こえるなどの症状が現れます。
患者さん自身が苦しそうな表情をしたり、手で喉を指したり、うなずくなどの非言語的サインを示すこともあります。客観的指標としては、パルスオキシメーターで測定する酸素飽和度(SpO2)が通常より2~3%以上低下した場合や、唇や爪が青紫色になる(チアノーゼ)場合は要注意です。
人工呼吸器を使用している場合は、気道内圧上昇や低換気量のアラームが鳴ることがあり、すぐに医療専門職に連絡するとともに、安全に実施できる範囲で吸引を検討します。
医療専門家に相談すべき症状の見分け方
喀痰吸引を行う中で、医療専門家への相談が必要なサインをしっかり見極めることが重要です。痰の性状変化、特に黄色や緑色、茶色や血液が混じった痰は感染症の可能性があり、発熱を伴う場合は早急に医師に報告しましょう。
急な息苦しさや呼吸困難、SpO2値の著しい低下(90%以下)は緊急性が高いため、すぐに医療機関に連絡してください。吸引時に鼻や口から出血がある場合は、粘膜を傷つけている可能性があるため、吸引を中止して医師や看護師に相談が必要です。
また、患者さんが普段と異なる様子(意識レベルの変化、異常な発汗、顔色の悪化など)を示した場合も、早期に専門家に報告することで重篤化を防ぐことができます。
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6まとめ
喀痰吸引は在宅介護において重要な医療的ケアの一つです。本記事では、喀痰の基本知識から吸引の必要性、実施方法、必要な機器、適切なタイミングまで詳しく解説しました。安全な吸引のためには、正しい知識と技術の習得、適切な体勢の確保、衛生管理の徹底が欠かせません。
また、患者さんの状態変化を注意深く観察し、異変を感じたら迷わず医療専門家に相談することが重要です。介護は決して一人で抱え込むものではありません。専門家のサポートも活用しながら、大切な家族の安全と快適な生活を支えていきましょう。